前回は、大手ITベンダーによるオフショア活用拡大がIT業界の雇用に大きな影響を及ぼし、この5年から10年で国内IT産業の雇用の約3割が消失するという仮説について述べました。今回は、ベンダーの特徴別に、このことの影響と対応の方向性について考えることにします。
オフショア活用の拡大は、富士通、NEC、日立製作所、NTTデータなどの超大手ベンダー、およびそれに続く野村総合研究所、日本ユニシスなどの大手ベンダーにおいては「雇用者数」の上ではそれほど影響を与えないでしょう。
ただし、仕事内容、能力については、かなりの変化が求められることになります。新しいオペレーションおよびシステムのアーキテクチャの設計、そしてプロジェクトマネジメントについてかなり高度で精緻な実行力が必要となります。また言うまでも無く語学力も不可欠になってきます。
これらの要求を満たすのは簡単ではありません。多くの大手ベンダーがコンサルティング部隊を立ち上げてみたものの、あまり有効に機能していない点、コンサルティング業界という切り口で見た場合、ほとんどプレゼンスを獲得できていないことが、この難しさを示しているとも言えます。
とはいえ、大手ベンダーの人材ポテンシャルを見るに、今後適切なステップを踏み、環境を整備すればこれらの能力獲得は、十分に達成できるものです。
ただし、大手ベンダーが十分に雇用を維持・拡大し続けられるということが前提であるのは言うまでもありません。
このために最も重要なことは新興国の市場も含めたグローバルでのビジネスをいかに獲得・拡大してくかということになってきます。しかし、経営面では大きな課題がありそうです。
オフショア活用に限定されないグローバルでのビジネス展開の戦略については、適切なシナリオに基づいた立案が必要となってきます。事業や子会社の清算や売却までを視野に含めた取捨選択の意思決定の精度とスピードについては、まだまだ磨きをかけなければならないでしょう。
オフショアの活用やグローバル化に伴い、グループ子会社の位置づけを明確に定義することが不可欠となってきます。場合によっては売却や清算という意思決定を迫られることも考えられます。ここで「やっかいな決断」を「次世代」に先送りするような経営であってはならないと考えられます。
また、グローバル経営の遂行については、日本の大手ベンダーは(製造業などと比べて)明らかに経験が不足していることは事実です。
●中小ベンダー 業界からの撤退や業態転換に直面
オフショア活用の拡大による影響を最も受けるのは、下請けに位置する中小ベンダーです。結論から言えば、業界再編と業態転換が必要となります。
大手ベンダーがオフショアの活用を進めれば、下請けに位置している国内の中小ベンダーは工数単価の価格競争に巻き込まれていきます。中小ベンダーが抱えるSEやプログラマー多くは、差別化しにくい開発やテスト工程などを担当しているため、多くの中小ベンダーが生き残りを賭けて価格を下げていくことになります。
この状態になってしまうと中小ベンダーは、必要な新技術獲得や独自パッケージ開発への投資がますます難しくなっていきます。また、国際競争力を維持するために最低限必要な人材教育、作業プロセスの標準化やモジュールの再利用などの生産性向上の取り組みすら放棄せざるを得なくなります。中小ベンダーは、技術者を低価格で派遣するだけで、ますます弱体化していくことになります。
日本の繊維産業は、1965年に99.8万人が働いていましたが、1995年には19.3万人に減少しました。注:1)その要因の一つは、零細企業の多い繊維産業の産業構造により、国際競争に太刀打ちできる生産性向上を実現できなかったため、としています。繊維産業の企業は、新規設備投資、製品開発のための諸資源確保、市場との接点拡大・活用に必要な企業規模がなく、国際競争力を失ってしまいました。
現在日本のIT産業には、約13000事務所(本社及び単独事業所)が存在していますが、売上高が100億円を超える企業数は200弱にすぎません。それ以外のベンダーでみれば従業員数は1社(又は1単独事業所)当たり平均40人強です。このような小企業/零細企業では、競争力を確保するための一定規模のシステムやサービスの企画・開発、及び効率的な開発ノウハウの蓄積・共有は難しいと言わざるを得ません。
中小ベンダーの多くは業界再編あるいは事業清算に直面することとなりますが、発想を変えて全く別の業態へと転換を図ることにより、ITの技術や資産が強力な差別化要素となり成功を収める企業も誕生すると考えられます。
●中堅ベンダー 最も難しい舵取り――急成長か撤退か
売上高が500億円から2000億円といった中堅ベンダーへのオフショア開発の影響は複雑です。
中小ベンダーがすぐに影響を受けるのに対して、中小ベンダーの発注元である中堅ベンダーへの影響はやや時間をおいて発生してくることになります。この時間差は、将来への方向転換への猶予期間・準備期間ととらえて迅速に戦略立案と意思決定を行う中堅ベンダーと、一過性の需要落ち込みと思い込み現状維持のまま忍耐し続けるベンダーの二種類に分けることになります。結論から言えば、業界での存在意義を一気に失っていくベンダーも出てくることになるでしょう。
中堅ベンダーの中には、大手ベンダーのグループ子会社のベンダーが多く存在します。
親会社はオフショア拠点を含めたグループ内での各子会社ベンダーの存在意義や役割分担・方向性を決めることを迫られます。システム開発やサービスに必要となるエンジニアや設備の確保、マーケットから求められる原価を考える中から、子会社の維持に必要となるコストが導出されてきます。
例えば、現在のところ1000?2000億円の売上高を上げている子会社であったとしても、オフショア活用により子会社向けの充分な仕事が供給できなくなる場合には、他ベンダーへの売却も現実的な選択肢となります。
中堅ベンダーの中には再編の流れをうまく利用し、一挙に大手へと変身していくベンダーも登場してきます。
数年前「ベンダーは売り上げ3000億円以上でないと生き残れない」との認識のもと、単純な規模拡大を正当化し、M&Aを繰り返した企業も見受けられました。我々としてはこの売り上げ3000億円という数字に、経営的な根拠を全く見いだしていません。結論から申せばまだまだ売り上げ規模的には「少な過ぎ」「中途半端」な感じは否めません。
言うまでもなく、ただ大きければ良いというものではありません。ホールディング制を方便に単なる寄せ集めのままのベンダーも存在します。これではさらなる大きな成長の余地は見込めません。エンジニアや営業の「一社」としての動員力・機動力が出せなければ意味がありません。さらに大事なことは、合併による資金量の拡大が無ければ、大規模ベンダーなりの投資ができません。M&Aの戦略においても、まだまだ改善の余地が大きいと考えています。
●自己変革が求められるユーザー系の情報システム子会社
以前も触れたように、親会社としては、情報システム子会社を変革するか、売却するかいずれかの選択肢を迫られてきます。
情報システム子会社は、本体とは異なるコスト構造を持ち込み、低コストオペレーションを実現するために設立されましたが、この存在意義が揺らいでいます。これからは、親会社の業務の効率化や(新サービス企画など)売り上げへの貢献を果たす存在へと自己変革することが求められます。
●今後IT業界の方向性
先ほどの繊維業界と同様に、電気機械器具製造業の従業者は1990年代にピークを迎えた後は、6?7割程度にまで減少したことを考えてみれば、国内ITベンダーの従業者が同様の軌跡をたどることがないとはいえません。
国内IT市場の大きな成長が望めない中、業界再編やグローバル化は不可欠でありますが、日本が強みを持つ製造技術やサービスや安全の品質と、IT技術を「掛け合わせた」新しい商品・サービスによるビジネス確立に向けた取り組みが必要となるでしょう。
5年後にはITベンダーとしてシステム構築やシステムサービスを売るのではなく、輸送・物流、発電・送電・水管理などのユーティリティ、商業製造用建造物の運営、通信販売行などをビジネスの中心に据え、その上で保有するIT資源を競合に対する競争優位創出の源泉とした「企業」が大きく成長しているかもしれません。可能性はまだまだありそうです。【大久保 達真】
注:1)「日本の繊維産業 なぜ、これほど弱くなってしまったのか」伊丹敬之+伊丹研究室
2010年 5月21日
ITメディアエンタープライズ
野村総合研究所
日本の最大手シンクタンク、コンサルティングファーム、システムインテグレーター。顧客の問題を先取りして解決策を導き、具体的な解決策を実施・運用していく、一貫したトータルソリューション(ナビゲーション×ソリューション)を提供できる総合的な体制に特色がある。ナビゲーション、ソリューションそれぞれのサービスにおいて、専門性が特化されてきた分野について、積極的に分社化し、NRIグループを形成している。金融業・流通業に強みがあり、日本郵政公社(現 日本郵政グループ)の郵政総合情報通信ネットワーク、簡易保険システムの構築など、公共分野も拡大している。ソリューションは、(1)社会・産業の予測と展望、(2)市場分析・業務分析・経営診断、(3)企業経営・政策立案に関する提言、(4)経営・業務革新のソリューション提示、(5)システム設計・ソリューション提供、(6)アウトソーシング・システム運用、(7)ビジネスの実行支援、の7つで構成される。
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