所有から利用への流れが現実味を帯びるなど、企業が活用するITの在り方が変化しつつある。今後、企業は情報システムをどのような考え方で運営していくべきか。戦略コンサルティングファーム独ローランド・ベルガーに寄稿してもらう。4回目は、クラウドコンピューティングの落とし穴について解説する。
現在、業界各社が寄りかかるキーワードがあるとすれば、まさに「クラウドコンピューティング」がそれといえます。試しに「クラウド」で日本経済新聞の記事検索をしてみると、2008年までは1件しか記事がありません。2009年から急速にこのキーワードが発信されてきたことがわかります。これから数回、クラウドについて考えてみることにします。
●クラウド利用の利点
クラウドの定義は百社百様の状況ですが、「ベンダーが所有するシステムをネットワーク経由で提供し、そのシステムを複数の顧客が利用するもの」という点で共通しています。
クラウドを利用した情報システムの利点についてはメディアで広く伝えられていますので、ここでは簡単に整理するにとどめておきます。例えば、自社での情報システムの構築が不要であるためシステム利用が短期間になること、運用担当者が不要な分コスト削減効果があること、システムの利用負荷の急激な上昇などにも対応できることといったところが代表的なものです。これらの特性をうまく利用し、自社のシステムを再構築していく必要性は今後ますます高くなっていきます。
ただ、良いことばかりかというと残念ながらそうではありません。ほかのシステムやソリューションと同じく、クラウドにも落とし穴が存在します。
●クラウド利用の落とし穴
まず注意すべきものとしては、クラウドの安易な利用はオペレーション(ビジネス・業務の遂行)の質や効率を低下させるリスクが高いということです。特に、企業内の情報精度の劣化や、可視化がうまくいかないといった問題を引き起こし、企業の意思決定の精度を落とすリスクが存在するのです。
ベンダーとの関係においても注意が必要です。クラウドの利用の仕方によっては、ベンダーへのロックイン――特定のベンダーの製品やサービスを購入し続けなければならない状況――が急激に進むことにより、利用者側(買い手側)の交渉力が著しく弱くなる恐れがあるのです。
これらは利用者側の落とし穴ですが、クラウドを提供するベンダーにも落とし穴は存在します。
●クラウド無料化の流れ
クラウドの多くはここ数年のうちに無料化、もしくは限りなくそれに近い価格帯に推移していく可能性が高いということです。潜在顧客層が広いクラウドのシステム、具体的にはグループウェアやCRMなどが無料化の問題に直面していると考えられます。
これらは、比較的シンプルなシステム機能である、(業界差が少ないために)参入ベンダーが多くコモディティ化が進行しやすい、クラウドのシステムそのものを営業コストと割り切ることでより大きな商談獲得を図るベンダーが増加するといった事象が無料化の流れを推し進めます。
この無料化が一般化するのが来年なのか、3年後なのかの予想はここでは避けますが、流れ自体は不可逆的なものといえます。
●オペレーションの注意点
今回はオペレーションの質や効率化を低下させるリスクについて考えてみます。
クラウドベンダーの提唱する利点として、インターネットさえあればすぐに始められるというものがあります。この利点を前面に押し出し、(情報システム部門ではなく)ユーザー部門に直接営業を掛けているクラウドベンダーの姿もよく見られます。実はこの利点こそが、オペレーションの低下を引き起こす原因になりかねないのです。
●温故知新――情報のタコつぼ化と脱却
企業の多くの情報システムは、各部門の要求を満たすことを目的に導入されてきたため「部門最適」の状態で存在してきました。
1990年代に入り流行したEUC(End User Computingの略。ユーザー部門が独自にシステムを構築・導入すること)は、情報システム部門が関与する必要がないため、ユーザーが必要とする機能を好きなタイミングでシステム化できるという利点があった反面、部門ごとのシステムの乱立を引き起こし、部門最適の状態を一層深刻化させることになったのです。
部門最適のシステムでは、部門ごとに固有の顧客マスターや製品マスターを保有し、売り上げや在庫といったフォーキャスト(予測)の数字を各システムが作成しました。これにより「情報のタコつぼ化」とでも言うべき状況が生み出されることになったのです。このことは、企業としての意思決定の精度の劣化や、事前の数字調整などの手間暇による意思決定の遅れといった問題を発生させてきました。
1990年代後半から、多くの企業がERPを積極的に採用した大きな理由の1つとして、全社の情報を一元化、統合化し「情報のタコつぼ化」をなくしたいという思惑があったのです。
●特に危険なのはCRMのクラウド
クラウドには、インターネットさえあればユーザー部門主体でもすぐにシステムを利用できるという大きな利点があります。これはEUCの利点と似たものですが、同時に、部門が持つ情報がなかなか外に出てこない「情報のタコつぼ化」の発生リスクも有しています。情報のタコつぼ化のリスクは、最初から全社を対象とした電子メールやグループウェアといったシステムでは比較的低いと考えられます。
反対に特定部門を対象としたシステムの場合、例えばCRMやSFAのように販売・営業部門を主対象としたクラウドのシステムでは、このリスクはかなり高いと考えておいた方がよさそうです。ただし、タコつぼ化を防止する方法も存在します。
●タコつぼ化を防止するクラウドの適用方法
それは既存の会計システムなどのシステムと、新しく導入するクラウドのシステムを「適切に連携」させることで、顧客情報や売り上げ予測などの数値を同期させることです。これにより情報のタコつぼ化を防げます。ただし、適切な連携をするためには、(クラウド)システムの導入において「既存システムとの(データの)インタフェース処理」を行うために、(既存システムの)分析、設計、開発、テストといった非常に手間と時間のかかる作業が必要となります。
ちなみに、新システムを構築する際に必要なエンジニアの工数やコストの半分近くが、既存システムとのインタフェース関係に費やされるといったケースは、決して珍しいものではありません。
つまりクラウドの適用において、情報のタコつぼ化を適切な連携で防止しようとした瞬間、「新システムがすぐに利用可能」といったクラウドの最大の利点の1つを捨てざるを得なくなるのです。
●リスクとメリットはトレードオフ
割り切って、情報のタコつぼ化をある程度許容し、「早い利用開始」を取るか、「一元化された情報の維持」を取るかは企業の戦略によりますので、どちらが正しいとは一概には言えません。
1990年代半ばからのERPの採用は「一元化された情報」の整備という面があったわけですが、クラウドの採用はこの15年の時間と投資による一定の成果を崩すリスクをはらんでいることを、経営側は強く認識しておくことが必要です。
自部門のシステム化を急ぎたい利用部門と、一日も早く課金を開始したいクラウドベンダー、この両者が「早い利用開始」よりも「一元化された情報の維持」に高い優先度を設定することを期待するのは、やや性善説に寄りすぎた判断であるかもしれません。
次回以降では、クラウド適用によるベンダーロックインのリスクとクラウドの無料化の流れについて解説したうえで、クラウドの適切な活用の仕方について考えてきたいと思います。【大野隆司(ローランド・ベルガー)】
2010年 3月29日
ITmedia エンタープライズ
ローランドベルガー
ヨーロッパで最大の経営戦略コンサルティング会社。現会長であるローランド・ベルガーが1967年に設立し、世界31カ国に43のオフィスを展開している。クライアントの業界として特に多いのは、消費財、自動車などの製造業、再生エネルギーなどのエコ事業。その他にも、IT、医薬、化学、金融、流通、運輸など幅広い業界で実績を保有。また、ヨーロッパを出自としている為、米国系コンサルティングファームとは異なるカルチャーを持つとも言われている。具体的には、短期的な企業価値向上・株主価値向上ではなく長期的な視点での成長を志向する事、経営学のセオリーに偏ったトップダウンアプローチを採るのではなく企業の文化・社員の意思を尊重する事、などが挙げられる。
ローランドベルガーについて
コンサルティング業界の最新ニュースをお伝えします。最先端の業界で何がどう動いているのかをWatchすることで、広くビジネス界全体の今後の動きを展望することができるはずです。


人気コンテンツ
プライベート個別相談会開催中
キャリア相談会
コンサル転職に関する疑問・不安はプロに聞くのが一番早い!ざっくばらんに話せる個別相談会を随時実施しています。今すぐの転職をお考えでない方も歓迎していますのでお気軽にご相談ください。
年末年始プライベートキャリア相談会開催中!
オンラインでも随時開催中
【期間】2025年12月8日(月)~2025年1月4日(日):2026年に向けて、自分のキャリアを見つめ直す時間をつくりませんか?転職活動に限らず、キャリアの棚卸や今後のキャリア形成のための場として是非ご活用下さい。
2026年1月24日(土) 締切:2026年1月3日(土)
ベイン・アンド・カンパニー 1日選考会
同社の中途採用選考は原則として選考会のみで行っております。世界的な戦略コンサルティングファームであるベイン・アンド・カンパニーにて一日選考会が開催されます。
2026年2月14日(土) 12:30-18:30 締切:2026年2月9日(月)18:00
ドリームインキュベータ(DI)戦略コンサルティング本部Technology & Amplifyプラクティス 1day選考会
ドリームインキュベータ(DI)戦略コンサルティング本部であるTechnology & Amplifyプラクティスにて1day選考会が開催されます。興味のある方は是非ご参加ください!
2026年1月31日(土) 10:00-15:30 締切:2026年1月23日(金) 12:00
アクセンチュア ソング 中途採用向け 採用セミナー+選考会
アクセンチュア ソングにて中途向け採用セミナー+選考会が開催されます。アクセンチュアの仕事をもっと知りたい方、情報収集中の方、キャリアに悩んでいる方などぜひご参加いただければと思います。
2026年2月17日(水)19:00-21:00 締切:2026年2月9日(月)
経営共創基盤(IGPI) 会計士向け キャリアセミナー
経営共創基盤(IGPI)にて会計士向けのセミナーが開催されます。当日はIGPIで活躍する若手会計士に焦点を当て、若手会計士がIGPIにおいて経験できる業務のご紹介とパネルディスカッションを実施いたします。
2026年1月29日(木)18:00-19:30 締切:2026年1月26日(月)18:00
合同会社デロイト トーマツ(旧デロイト トーマツ コンサルティング) CB&T キャリアセミナー
デロイト トーマツ コンサルティング(DTC)CB&T(消費材、小売・流通、航空運輸・ホスピタリティ・サービス領域)部門にてキャリア説明会を開催することとなりました。
2026年1月29日(木)18:30-20:00 締切:2026年1月23日(金)12:00
PwCコンサルティング AI Analytic/経営管理DX(EPM)/データアーキテクチャ キャリア座談会
今回、PwCコンサルティング Technology & Digital Consulting部門DAX キャリア座談会が開催されることとなりました。カジュアルな内容ですので、ぜひお気軽にご参加ください。
2026年1月22日(木)19:00-20:30 締切:2026年1月12日(月)12:00
PwCアドバイザリー 女性会計士 キャリア座談会
PwCアドバイザリーにて女性会計士による座談会イベントが開催されます。当日はPwCアドバイザリーで働く女性会計士メンバーがざっくばらんにお話しいたします。
2026年1月21日(水)19:00-20:00 締切:2026年1月14日(水)
PwCコンサルティング ETC-ES SAPチーム 女性向けキャリアセミナー
PwCコンサルティング ETC-ES SAPチームが女性候補者様向けキャリアセミナーを実施いたします。カジュアルに参加いただける内容となっておりますので、PwCに興味のある方、具体的に転職を考えていない方もぜひご参加ください。
2026年2月9日(水) 19:00 - 20:00 締切:2026年1月28日(水)
PwCコンサルティング IMA-Auto キャリアセミナー
PwCコンサルティング IMA-Autoチームが自動車業界×グローバルで活躍を志望される方に向けたセミナーを実施いたします。
2026年1月17日(土) 締切:2026年1月9日(金)
KPMG FAS I&S部門 People CoE 1day選考会
BIG4FASとして知られる有名コンサルティングファーム「KPMG FAS I&S部門People CoE」で1day選考会が開催されます。
2026年1月31日(土) 締切:2026年1月23日(金)
KPMG FAS T&R (事業再生アドバイザリー)部門 1day選考会
BIG4FASとして知られる有名コンサルティングファーム「KPMG FAS」で1day選考会が開催されます。今回はT&R (事業再生アドバイザリー)部門の選考会です。
2026年1月20日(火) 19:00-20:302026年2月16日(月)19:00-20:30 締切:2026年1月13日(火)2026年2月9日(月)
KPMGコンサルティング Technology Risk Service 女性向けキャリアセミナー
KPMGコンサルティング Technology Risk Serviceと複数企業にて女性向けキャリアセミナーが開催されます。セキュリティ・データ領域に興味がある女性はぜひこの機会をご利用ください。
2026年1月24日(土)9:30-18:00 締切:2026年1月12日(月)12:00
アビームコンサルティング 金融領域 1Day選考会
アビームコンサルティング金融領域より1day選考会の開催です!スピーディーに選考を進めることができる絶好の機会かと思いますので興味のある方はこの機会にご参加ご検討ください。
2026年1月17日(土)10:00-18:00 締切:2026年1月9日(金)12:00
アビームコンサルティング 財務・会計/会計×ITポジション 1day選考会
会計×ITポジションにおいて1day選考会が開催されます。スピーディーに選考を進めることができる絶好の機会かと思いますので興味のある方はこの機会にご参加ご検討ください。
2026年1月24日(土) 10:00-18:00 締切:2026年1月13日(火)12:00
アビームコンサルティング 企業価値Strategy Unit 1日選考会
アビームコンサルティングの企業価値Strategy Unitにおいてコンサル経験者向けに一日選考会が開催されます。
2026年1月24日(土) 13:00-14:00 説明会/14:30-20:30 選考会 締切:2026年1月20日(火) 15:00
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC) 1Day選考会
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC)のデジタルイノベーションBU(ビジネスユニット)にて1Day選考会が開催されます!
2026年1月22日(木)19:00-20:00,3月19日(木)19:00-20:00 申込締切:各開催日3営業日前
EYSC TC- Digital Platforms & Transformation キャリアセミナー
このたび、EY Japan Consultingの基幹業務を担うテクノロジーコンサルティングチーム(SAP領域中心)にて、説明会を開催いたします。SAPや基幹システムのご経験をお持ちの方に、ぜひ積極的にご参加いただければと思います。
2026年1月29日(木)19:00-20:00 申込締切:2026年1月26日(月)
EYSC TC-AI&Data キャリアセミナー
EYSC AI&Dataチームがセミナーを実施いたします。EYSCの概要やAI&Dataチームの取り組み、実際の案件事例・中途入社メンバーの活躍事例などを中心に、当日はパートナー・シニアマネージャー・マネージャーも参加し、個別相談会(少人数グループ)も実施予定です。
毎週第一・第三水曜日 12:00-13:00
KPMGコンサルティング ランチタイム オンラインイベント
現場で働く生の声を候補者に届けようとスタートした取り組みで、毎週、現場社員と採用リクルーターがトークセッションを実施しています!是非お気軽にご参加ください!
SDGsプロジェクト始動!
ムービンは持続可能な開発目標を支援しています
ムービンはSDGsに賛同し、これからも持続可能な社会の実現に努め、 森林資源や水資源を守る環境保護の取り組みとして、持続可能な森林の再生と管理に貢献しています。

ムービンでは今すぐのご転職でなくても、今後のキャリア形成や、ご転職に向けての中長期的なプランを共に考え、具体的なアドバイスをさせて頂いております。コンサルティング業界にご興味のある方はご自身では気づかれない可能性を見つけるためにも是非一度ご相談ください。
PICKUP

20年以上にわたりコンサル業界に特化したご転職支援を行っています。スタッフも少数精鋭でホンモノの人脈・情報を有しております。
コンサルティングファームはもちろん、国内・外資の大手事業会社をはじめ、ファンド、投資銀行、ベンチャーなど様々な支援実績がございます。
コンサル業界専門だからこそ各コンサルティングファームの圧倒的な情報量を保有しており、戦略系、総合系(BIG4)、IT、人事など外資系日系を問わず、国内大手の有力ファームすべてがクライアント
ムービングループサイト
株式会社ムービン・ストラテジック・キャリア
Copyright (c) Movin Strategic Career Co., Ltd. All rights reserved.

バックグラウンド・出身業界
で探すコンサル転職CAREER PATTERN

Copyright (c) Movin Strategic Career Co., Ltd. All rights reserved.