カーライル・グループ日本法人は、日本のビジネス慣習を踏まえ、企業との信頼感の醸成に苦労しつつ、事業を拡大してきた。その事業観とビジネスモデルについて聞いた。
経営陣との基本合意がなければ投資しない
安達 保 カーライル・グループ日本法人代表
「まず、申し上げておきたいのは、我々は、投資する企業の経営陣と基本合意ができない限り投資はしない、ということです。どういう事業計画でやっていくか議論をし、それを具体的な数値目標まで落とし込んだ形で、基本合意をします」
取材の冒頭、安達保カーライル・グループ日本法人代表は、この点を強調した。カーライル・グループは米系大手企業投資ファンド。ワシントンD.C.に本拠を置き、全世界28カ所にオフィスを展開している。投資先企業の数は347社に上る。日本進出は2000年。
安達代表の発言は、先の村上ファンドや、スティール・パートナーズ関連の報道を十分に意識したものだ。それらのファンドは、まず公開企業の株式を買い付けた上で、企業に経営改善を迫ったり、敵対的TOBを仕掛けたりした。
「しかし、我々は違います」と、安達代表は言う。
カーライルは、主に非公開企業に投資してきた。公開企業であっても、キトーのように買収後に非上場化することが前提だ。さらに言えば、経営に行き詰まっていて、抜本的な改革を求めている企業に、年金組合や金融機関などの機関投資家から集めた資金を投資する。同時に、社内外のスタッフを動員して、さまざまな経営サポ―トを提供する。キトーの取材を通して、前回までに書いた通りだ。
「カーライル・グループの企業投資は、その企業の株式を3年から5年の中・長期にわたって保有することが原則です。経営コンサルタント会社のような、フィー(手数料)・ビジネスではなく、その間に会社を成長させ、企業価値を向上させられなければ収益が得られない、ストック(株式資産)・ビジネスなのです」(安達代表)
基本合意を前提に、MBO(経営陣も出資した買収)と上場廃止を実施。続いて経営計画に基づき、主な経営課題ごとに、両社混成のプロジェクトチ―ムをつくって集中的に取り組む。その課題を解決した後は、現場から退きチェックする体制に移行する。具体的には、役員会で、各事業の業績や進捗状況を質問することを主とする。キトーとの約4年間も、このように取り組んだ。
カイゼン発表会の光景
安達代表に対して、買収から再上場までの間に、両社間でどのような葛藤や相互理解が生じたかを尋ねた。
「最初に基本合意をしている。なので、お互いが進むべき方向性は同じわけです。多少の葛藤はあっても、そこは話し合いで解決できる。それに外資系と言っても、カーライルはきわめて日本的なファンド。従業員は全員日本人で、日本企業での勤務経験があります」(安達代表)
彼自身、東大工学部卒業後、三菱商事に入社。その後、経営コンサルティングのマッキンゼーに移り、同社パ―トナ―からGEキャピタルをへて、カーライル日本法人に転職した。
安達代表は、「日本で長く活動していくためには、日本のビジネス慣習を踏まえ、どういう投資をしていかなければいけないのかをよく知っているんです。アメリカ人が日本の会社を買って、『ああしろ、こうしろ』と命令しているわけではありません」と続けた。
キトーにおいて黒子役に徹したカーライルの姿勢は、こうした考え方に裏打ちされている。
話題を変え、キトーとの約4年間で最も印象的だった出来事を挙げてもらうことにした。「最も大きかったのは」と安達代表が挙げたのは、キトーが新たな基幹事業候補と考えていたが、採算がとれていなかった自動倉庫システム部門の売却。
「最悪の場合、事業部廃止の危険性もあったからです。仮にそうなっていたら、同事業部の社員を退職させる必要があったかもしれません。だが幸運にも、国内の同業他社が興味を持ってくれ、事業部ごと売却することができました」(安達代表)
安達代表は、カーライル・グループは、本業以外の不採算部門を売却した例はあるものの、人員整理は過去一度も行っていないとも付け加えた。
一方、カーライル・グループで、マネージングディレクターを務める山田和広は、製造部門改革で、OJTソリューションズが貢献した点を指摘する。
「キトーはモノづくりには自信を持っていて、最初は若干、抵抗感があったようです。しかし、OJTさんのアプローチが良かった。上からの目線ではなく、『まずは相互に分かり合い、工場改革を一緒に考えていく』という姿勢で、協力してもらえたのが良かったです」
山田は、山梨本社工場で四半期ごとに行われていた「カイゼン発表会」でのエピソ―ドを語った。「『製造ラインの工程をこう変えて、これだけの時間短縮を実現した』と、部門ごとに発表し合う機会がありました。社員だけではく、パートのおばさんたちもプレゼンするんですよ、緊張のせいか手を震わせながら…。その光景は、なかなか感動的でした」
事業分野ごとに、必要に応じて外部のプロフェッショナル・サ―ビスを活用するのも、カーライルの手法だ。
信頼感の醸成というハードル
もっとも腐心した点を尋ねると、安達代表の回答はとても率直なものだった。
「企業投資ファンドへの理解が、日本ではまだ十分とは言えません。そのため、カーライルがどんな価値を企業に提供でき、信頼するに足るのかを理解してもらうのに、時間がかかる場合があります。その際には、過去の実績を紹介したり、かつての投資先企業の方から、投資先候補の経営陣に我々の印象などを語ってもらい、説得することもあります。そういった信頼感の醸成に、最も時間がかかりますね」
最も困るのは、基本合意した事業計画を、投資先企業が達成できなかった場合だという。
「合意事項を実行できないとき、我々は投資先企業のトップを交代させるかどうか、ギリギリの選択を迫られることになります。ファンドビジネスの中で最も難しいところですね。このようなときは、お互いのディスカッションをかなり密にします」(安達代表)
カーライルも、投資家へのリターンを義務づけられている以上、ビジネスライクな決断が求められる。また、キトーのような再上場、もしくは投資先企業が望む他社への売却も、慎重に行わなくてはならない。
「キトーの再上場を実現できた最大の要因は、お互いの一体感にあったと思います。我々は、投資先企業の経営陣と話し合いを重ねて、あくまでも、その企業にとって理想的と言える選択をしなければいけません。保有株式の売却で最大のリターンを得たいのなら、事業会社やファンドを集めてオークションにかければ、売買価格がつり上がるかもしれない。しかし、それは一度もやったことがないです」(安達代表)
ちなみにキトーの株価は、10月5日時点で31万5000円。発行済み株式数は約13万3000株。概算すると、時価総額約419億円。カーライルは再上場に伴い、すでにキトーの株式30%を売却した。現在の株価で概算しても、売却額は120億円を超える。カーライルのキトーへの投資総額は130億円だから、出資金はほぼ回収したことになる。カーライルはまだ約50%の株式を保有し、残りの株20%はキトー経営陣らが持っている。
企業の資金調達手段としての投資ファンド
カーライル日本法人で、ヴァイス・プレジデントを務める寺坂令司は、「米国において、企業投資ファンドからの資金調達は、先の米国株式相場でのサブプライム問題が起こる前までは、かなり活況でした」と言う。
「企業の資金調達手段として、金融機関の融資、株式市場からの調達に次いで、企業投資ファンドの認知度が高まっています。その背景には、2つの動きがあります。一つは、資金調達はもちろん、組織改革を求める企業が多かったこと。もう一つは、世界的なカネ余り状況があり、ファンドにお金が容易に集まったこと。それに、日本と違ってアメリカでは、企業文化として非上場化への抵抗感が少なく、むしろ、それが賞賛されるんです」(寺坂)。
寺坂が挙げた以外に、アメリカでは上場コストの高騰化や、四半期ごとの業績に対する市場や株主からのプレッシャ―が強い、といった事情がある。そのため上場企業の多くは、中長期的な視点に立った思い切った経営改革ができないジレンマを抱えている。
「そのためファンドの投資資金を受け入れて非上場化し、株主からのプレッシャ―を受けない状況下で、経営サポ―トを受けながら、思い切った組織改革に取り組む方法としての認知が高まりました」(寺坂)
ファンド先進国アメリカと比べれば、日本はまだ敵対的企業買収への防衛策論議が優勢。だが、株式市場から短期的な業績の向上を求められるプレッシャ―は、日本企業も同じ。今後は日本でも、そんな観点から、MBOへの関心が高まるかもしれない。
(完 文中敬称略)
荒川 龍(あらかわ・りゅう)
1963年、大阪府生まれ。信州大学在学中に韓国・延世大学韓国語学堂に1年間語学留学。
大学卒業後、週刊誌記者をへてフリーに。人物ルポを中心に、経済・社会問題を中心に取材している。著書に『「引きこもり」から「社会」へ』(学陽書房)、『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社。2007年1月に放映された、水野美紀主演のNHK土曜ドラマ『スロースタート』の原案となる)。
2007年 10月20日
nikkei BP NET
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